All of Us Must Do Whatever We Want!

楽しくて忙しいそんな日々を送りたい

受けて立つよ!

 

 

 

 

と、いうよりも

 

受け入れるよ、という方が正確かも。

 

ちょっと一難儀ありまして、、

 

またどうにかなってからのご報告にはなると思いますが、

簡単に言いますと、

やばいかも、です

 

しかもこのタイミングでか、、

 

腫れ物に触ってしまった気持ちでおります。

 

でもでも、

これも触れてはいけなかったことだとしても、

触発してしまったことで人生の財産にはなるなって感じます

 

んー、

大学くらいまでの私は

経験をそこまで重要だとは思ってなかったです

 

なんでも難なくこなして

当り障りない人生をすごして

早く結婚してしまってひっそり死んでいく。

 

これがよかったんです。

 

だけどいまは

考え方がかなり変わって、

経験って大事だなって感じます。

 

たぶん、雪の高速道路で

「あ、わたし死んだな」

って思ったあのときとか、

なんだかいつもとは全く違う体験をしたとき

ますますそう考えるようになってきたのでしょうね

 

周りからしたらあたしの経験なんて何の意味もないことですよ、

だから多くを経験したところで、

 

目的なしで行動しても意味ないよ

 

と言われることもあります。

なにか成し遂げたいことがある場合はそうですね、

目的を明確にした方がいい。

 

だけど私、人生において達成したいことなんて一つもありません。

そのときそのときを一生懸命に生きることが

楽しいし、生きがいです。

 

だから今回の件、

タイミングがあった方には事実として話しています。

これからちょっとした大事(あくまで私の中で)になるかもしれませんが

 

やっば笑

 

的な問題で、話せちゃいます。

 

昔の私なら話せなかったね、

つい昨日もそんなことを書いた気がしますが、

そのときともだいぶ考え方や構え方が変わったのかも

やはり社会の中で人はもまれ変容しますね

ちょっとしたことじゃ気に病まなくなりました!

 

色んなことが起こる人生、酸いも甘いも

すべて宝です。

毒を食べ過ぎたら死ぬまでです。

 

いまでもそうだけど、

無理に長く生きようとは思いません。

だけど早く死にたいわけでもなくなりました。

なぜならたくさんの経験をして

それを未来に繋いでいくことにとても価値を感じている、から、

でしょうか。

 

命ある限り自分らしく生きていくことを決意しています。

そういうふうに私の子供にも育ってほしいです。

 

おらんけど。

 

 

 

この「おらんけど」問題

まえにも話したことありましたか??

 

わたしね、

葉酸飲んでたんです。飲み続けてたんです。

子どもおらんってわかってからも。

 

そしたらね、小椋さんに

めっちゃ爆笑されました。笑

 

なつかしいな、元気かな小椋さん。

 

 

 

ところで、

一難儀のお話に戻りますが、

いまのところ話しているのは、

曽我氏とお父さんなんですが、

 

昨日はねお父さんすぐ電話かけてきてくれて...

どうしよう、って言ったわけでもない、

ただ

こういう状況の場合これはどうなるの?

って聞き方をしたのですが

察しのいい父です

わたしが困ってるって思ってすぐ電話くれて。

 

嬉しい反面、

もうほんと大したことないなら素振りもみせるべきではないな

って思ってしまいます。

家族だからって甘えてる部分が強いですね。

 

風邪とか引いて誰かに言うことなんてない。

 

でも自分がこれまでに体験したことがない

どう対処すべきかわからない問題、

まだぶつかってない状態で危険を感じれば

甘えが出てきちゃいますね、

 

2年前もそうだった。

そしてその問題をあたしは放棄しました。

みんな無傷でしたが、

あれは不幸中の幸いでみんなが無傷でした。

失ったものと残ったものでは比べ物にならない価値があります。

失ったもの、は正確に言うと

後日手放したもの、です。

そういうこともあったから

あたしちょっと頭おかしい感じになってたんじゃない?

と、考える節もあります。

 

だけどね、自分じゃどれくらい自分が

それに対してストレスを感じてるってわからないんです

私って痛みに鈍いのかも。

つまんないこと?では怒ったり?もするけど

自分の受けるストレスに対して、

結構鈍いなって自分で感じます

知らぬ間に結構なストレスを抱えてて

頭がおかしくなるとこまでいくのかな、と。

だからわたしは自分を守るために

好きなことしかしません。

嫌、がわからなかったりするのです。

されていたり、していたりするとき、

そのときはほんとに何にも考えていない。

あとになってそのことを考えることがあって

それにたいして後悔だったり違和感だったり

そんなものを多少なりとも感じているのが積み重なって

頭がおかしくなった、

そうなんじゃないかって思います。

 

あのときは

保育所で働いてて仕事も順調にいき始めた時だった。

だから何故あのタイミングで?

保育士試験数日前だったのにどうして?

ってはなはだ疑問でしたが、

わたしが痛みに鈍い、ストレスは積み重なるもの

そういう認識になれば

納得いく部分もあるのです

 

また自分の話ばっかしちゃいましたね。

 

 

 

今日は父の日。

お父さんいままでありがとう。これからもありがとう。

昨日電話して、

一緒に仕事できる日がもうすぐそこにあるそんな気がして

やっとか

そんな気持ちになっています。

やっとか。だけどあと少し待ってほしくて。

1年もしない予定だけど

 

実際一緒に仕事するようになれば

嫌なことも出てくるかもしれません。

わからない、それはやってみないとわからない。

それでもあたしは、

やっとの思いで父の役にほんとに立てる日が

もうすぐ来ることに

だけどもし何かあって永遠にその日が来なくなってしまったらどうしようって

近づけば近づくほど

思ってしまうんですよね。

 

もっと聞きたいこといっぱいあったのに

そんなふうにはならないように

だけどやっぱりあと1年くらいはまってほしくて

でも1年たったとしても

そのときにすぐ全てを教えてもらえるわけじゃない

だから怖いです、

途中で、中途半端にしか知れない、怖いです。

中途半端に辞めてしまうかもしれない、

わたしは父の仕事、母の仕事すべて受け継ぐことが

最後の仕事。生涯死ぬまでのいちばん長い期間携わる仕事。

にできたらいいなって思ってるんです。

 

やっぱり自分が育った場所は大事です。

どれだけ外を見てきても

サカミティーや家を遺したいと思うんです

私のものじゃないけど。

 

なくなってしまえばそれはそれで

すんなり受け入れられる自信もある

それが父母の臨んだことであれば。

 

わたしは 0 or 100 人間なのでちょっと後悔する部分もあります

少しばかりでもずっと家業に携わっていても

良かったのかな、と。

まぁその結果が姉たちであるなら、

わたしはいままで殆ど関わってこなかったことを幸いと思いますが。

始めたら本気でやる。

 

 

 

はい、また自分の話('ω')

 

父にはすごく感謝しています。

昨日記憶の中で一番ぐっと迫ってきたのは

私が小学生の時が多かったかな?

温泉旅行に家族で行ったことです。

 

というのも、昨日たまたま

一緒にお風呂に入ったら絆が深まる、

ということを本で読んで、

それで私たち仲がいいのね、なんて思ってたからです

 

んー、実のところ

いまは一緒にお風呂はいるの恥ずかしいのですけどね

お母さんとなら気にしないかな?

姉は、、気にしちゃいますね

お母さんかあっこさんなら大丈夫!

 

あ、でも友達で誘われれば、とか

たまたま行きたいところがお風呂で一緒に行くっていってくれたら

気を遣わず入ります、たぶん。

 

いいや、もうこの話は。

 

 

とにかく!

お父さんありがとう。

お風呂で家族のきずなが深まるって

考えてのことなんじゃないかと思えば

さらにありがとう!!!って気持ちになる

ないと思うけど。あるかもしれないし。

いや、さらに、ではないか。関係ないかな?

結果がいまここにあるんだからそれでもうありがたいんだよね。

ありがとう、お父さん。

 

そんなこと考えたら

お父さんからまた電話がかかってきて

 

(わたしが唐突に、

「温泉旅行いっぱい連れてってくれてありがとう」

なんて送ったから、ではあるんですが)

 

あと何回感謝できるだろうなんて考えて

電話しながら泣いてしまいました

 

ちょうど昨日のお昼洋樹さんとそんな話してたから

それもあるよね、

 

泣いてしまうよ。

 

父親も自分が抱えてるストレス自分だけで抱えるタイプで

これまで病気もいっぱいしてきてる

怖いな、どれだけ元気そうでも

だから怖いいよ

昨日まで元気だった人が、、、って話あるけど

ほんとに想像したら怖い、

半分?体験したことあるからほんとに怖い。

 

父親が顔に傷負って帰ってきたとき

大学2年生の学生実験の時父親からの電話で

がんになってたこと、いまはもう大丈夫になったこと

知らされたとき

目の手術で入院してたとき

 

いつも危険はとなりにある。

 

 

それで泣いてしまう自分を見て

父のこと好きなんだなって感じます

 

父のことが好きな自分が嬉しくて泣く

 

やけど、それを嬉しく思ってる自分が、

結局自分を綺麗って思いたいから嬉しく思ってる自分が

汚い人間である証拠だと思う。

 

泣いてる自分に溺れてるんよねきっと。

泣いててふと我に返るときそう思う。

 

わたし、自分のおじいちゃんがなくなったとき

全く心が動かなかった。たしかあたしが小学2年生の時

2月17日だった。

きょうちゃんがめちゃくちゃ泣いてた

きょうちゃんは私の父の姉の孫

どう考えてもあたしの方が泣いてたほうが、おかしくない。

それもあって、自分って

心のない人間なんやな、冷たい人間なんやな

って感じてた。今でもそうやと思う。

 

こんな日に誕生日ケーキ食べてたら

富士山までぶっとばされるで、

 

てきなことをお母さんに言われたことが

自分を冷たい人間やって思ったこととおんなじくらい

印象に残ってる。それは笑い話。

 

なんだろうね。

死んだらそれ以上何したってなんもできへんやん。

 

父母がなくなることを想像すると泣いてしまうけど、

実際そうなったときは

あたしは絶対泣かない、そんな気がする。

後悔もしないし、みんなに後ろ指さされるくらい

冷たい人間でいれると思う。

 

だってしかたないじゃない。

そういうものだもの。

 

 

 

 

この週末はB'zの気分でした。

今回聴いてて歌詞がグサッと来たのはROOTSでした

 

B'zのROOTSいい曲ですよね

 

それでは!

みなさんもぜひ聴いてください!

ENDロールBGMはB'zのROOTSでお願いします

 

 

 

ではっ